Farmers -生み出す人- vol.5 森賢一さん

農家は、アーティストだ。

 

食べることは、生きること。

食べることは、暮らしを豊かにすること。

食べることは、未来を作ること。

 

食べるもの、それを生み出す農家さんは、食物をデザインし、私たちの暮らしを彩る。

僕が農家さんを間近で見て感じたことは、農家さんはアーティストだということ。

農家さんの想いが伝われば、暮らしはもっと豊かになる。

 

そんな農家さんに、フォーカスする企画、Farmers -生み出す人-

 

vol.5 森賢一さん

 

「目標、夢、ビジョン、そう言うものを持たないと、日々忙しくしているだけではかったるいでしょ」

 

人生を自ら考え、夢や目標に向かって着実に歩んできた賢一さんのこの言葉を聞いて、目を開かされた想いがした。

日々の楽しさや辛さは、未来にあるその一点に集約されるべきなのだ。

人生は短いのだから。

 

賢一さんの想いを、聞いた。

 

 

親と未来

 

-農家になられてどのくらい経つんですか?

 

「農業を業として生計を立てる」ことを始めてから今年で2年目です。

元々家は酪農と畑作の専業農家で、でも親父は決して好んで農家をやっていたわけではなかったんですね。別の仕事ができるんだったらそっちをやれと。

自分は大学で東京に出たんだけど、親父は「もう帰ってくるなよ」くらいの勢いで。

でも自分自身は学生時代から「農業」に魅力を感じてて。将来的には農家をやってみたいな、という想いがあったんですよ。

しかし、親父は「農業はダメだ」と言うし。

 

じゃあそこで自分が考えたのは、

「今どんな仕事をすれば農家になった時に有益か」

ということだったんです。

年を取ればそのうち親父も丸くなって「やるならやれ!」なんてことになるかなと思っていまして。

 


天気がいい日には奥に富士山も見えるという畑

 

そう言うのを踏まえて、大学4年の時にざっと計画を立てたんです。

人生60年として、

  • 大学卒業から40歳は修行
  • 40歳から60歳は農家

という感じにしようかなと。

 

学生時代のころの自分を振り返ってみて、果たしてこんな具体的に目標やビジョンを持てていただろうか、何歳くらいには何をする、などと考えていただろうか、と自問してみた。

していなかった。決意を持つか持たないか、その差は10年20年後に大きくなって現れる。反省。

 

「将来は農家に」という想いを胸に秘め、賢一さんは就職、という選択をする。

 

修行と未来への葛藤

 

-農家になることを見据えた就職、というのはどのようなものだったのですか?

 

最初は「太田市場」(*1)みたいな市場も良いかなと思って内定ももらっていたんですけど、「消費者との距離が近い、接しやすいところ」がよりベターなんじゃないかなと考えました。

それで小売業界を選択して、で、あんまり大手過ぎると幅広い経験が積めなそうだから、中小くらいの規模感で自分に裁量がある方が良いよね、と。

ということで、サンワ(*2)っていうスーパーを選んだんです。

*1:太田市場

東京都中央卸売市場内にある日本で最大の青果市場。でかい。僕は一度行って迷って場内を走るカートみたいなものにひかれそうになった。

*2:サンワ

主に東京都西部、神奈川県内に系列店を含め73店舗を構えるスーパー。
参照URL
http://www.heartful-sanwa.co.jp/companyguide.html

 

そこに3年くらいいてたくさん勉強させていただいたんだけど、農家になるということを見据えた上でさらに青果の専門性を磨きたいという思いが強くなって、「青果専門店」に転職したんです。

そこは業態はスーパーなんだけど、魚は魚屋の専門家、肉は肉屋の専門家、青果は青果の専門家、それぞれが大きな裁量を与えられていて、仕入れから販売まで一括して管理する、というシステムだったんですね。

そしてお給料は出来高制で、毎年契約更改のある年俸制。自分のやったこと、成果がお給料に反映されるシステムだったんです。

こんな面白そうな所は無いって思いまして。

そこにいたから、自分も早くから市場に行って買い付けて、それを売る、っていう小売り全体の流れを一貫して学ぶことができたんですね。

そして30歳の時に、その会社がサントムーン(*3)に出店するぞとなって、初代のテナントの店長にさせていただきまして、そのタイミングで静岡に戻ってきたんです。

*3:サントムーン

正式名称「サントムーン柿田川」。イオンモールのように、食料品や服、電気屋、雑貨屋などのたくさんの専門店に加えてシネコンも備える大きなモール。静岡県東部民の週末のお出かけスポット。無印もあるし巨大なホームセンターもあるので本当に何でも揃う。
https://www.suntomoon.co.jp

 

店長として33歳くらいまで働かせてもらっていたんですが、そこの会社はいわゆる全国転勤がある会社だったんです。

自分は遅くても40歳を目処に農家に、と考えていたのでそろそろ地元のこの東部地域に落ち着いて準備を始めたいな、という思いが出てきたんですね。

そのタイミングで色々お話はいただいていたんですが、「フードストアあおき」(*4)という会社に出会ったんです。

ここなら前みたいに全国に転勤、ということも無いし、業務のやり方も前の会社と似ていて裁量が大きいし、「顧客ターゲットを絞った店舗経営」というのにも魅力を感じたからあおきに移って、40歳手前くらいまでいたんです。

 

*4:フードストアあおき

成城石井やクイーンズ伊勢丹、の様な比較的高級ラインの品揃え。何度か訪問経験があるが、生鮮品の鮮度は確かに抜群に良かった記憶。あと、カツ丼がおいしい。

 

大学卒業後、

22-26:スーパーマーケット

27-33:青果専門店

33-:フードストアあおき

と将来農家になるために着実にスキルを積み重ねていた賢一さんの状況に大きな変化が起こった。

 

あおきに勤め始めて2年目、33歳くらいの時に親父が亡くなったんです。

そこからは母が一人で農家をやっていて、私が手伝いをする、ということをやっていたんです。

そして39歳くらいの時にあおきをやめたんです。で、1年弱くらい、農業をしながら農家をやるか、やらないか、真剣に考えたんですね。

これまでは「販売」側に携わってたから、「生産」側の経験は無くて、そこは親父と一緒にやりながら技術継承ができればと考えていたんだけど、それができなくなってしまったし、ちょうど結婚したばかりで子どもも小さかったから、金銭面でも「本当にやっていけるのか」という不安がどうしても拭えなかったんです。

 

で、出した結論が

「サラリーマンに戻ること」

だったんです。

 


賢一さんのお母さん。旦那様を無くされた後、一人で畑を守ってきた。

 

伝手もあったし、

「全国、世界規模の巨大な会社ってどんなやり方をしているのだろう、学べることがあるんじゃないか」

そう思ってイオングループのマックスバリュに転職したんです。

 

 

 

前へ。その想い

 

超大手企業に転職された賢一さん、安定した給与、十分な福利厚生、これまでの知見を活かせる業務、農家になることを合理的にあきらめる要素がたくさんあったように見える。しかしそこからなぜ農家に転身したのか、正直な想いを聞いた。

 

マックスバリュには7年くらいいて、そこでもバイヤーという職であらゆる農産物の目利きを伴う仕入れの仕事をしていたんです。その中で、正直「定年まで勤めて、それから農家をやってもいいんじゃないか」っていう考えが無かったとは言えないんです。

 

でも、じゃあ

「今からやったとして、後何回野菜作れるの」

っていうことなんです。

 

この静岡県近隣や全国各地で、農業で身を立てている友人がたくさんできたんだけど、みんな言うんですね。

「自分で実際に作って、成功や失敗を経験しないと身につかないことも多いですよ」

って。

 

だから、時間がない。

農業と本気で向き合うなら、少しでも早い方が良い

って無理矢理踏ん切りをつけたんです。

 

マックスバリュやあおきにいた頃、自分が「農家さんに対して仕入れ代金を支払う側(会社)」だったのですが、彼らは本当に

「消費者が求めている野菜は何か」

「それにはどうやって答えればいいか」

「売れる値段はどのくらいか」

「商品形態はどうしたらいいか」

「納品形態はどのすればいいか」

などということを真剣に考えていますし、結果相応の対価を得ていたんですね。

 

 

そういう姿を見て、自分がこれまで身につけた「消費者が欲しがっている物を見極めて届ける」という経験やノウハウは生きてくると思いましたし、産直所ができたりスーパーが「地物野菜」を積極的に扱うようになったりと農家や農業をとりまく環境がポジティブに変化したことも決心を後押しした理由の一つです。

 

 

 

-農家、として初年度を終えた時の想いを聞かせてください。

 

なかなか思い通りには行かないよね、って思いました。

うまくできなかった作物があっても、その原因が天候なのか人為的な物なのかの判断がつきにくいし、

うまくできても同じように偶然か否かが分かりにくい。

 

でも、やるしかないと。結論はこれ。腹をくくったんだから、もうやるしかない。

幸い、全体を見ればイメージした収益を上げられているし、次は何を改善すれば良くなるか、という見通しも立てられたから、比較的ポジティブなイメージを持って初年度を終えられたとかなと思いました。

 

これまでの経験で培った知見や、支えてくれる人たちがあってのおかげだから、20数年間の流通小売業界での積み重ねも有益だったと思ってます。

やっぱり地場の野菜、っていうのはマーケットで求められているなというのは肌で感じるので、消費者のニーズを常に意識しながら物作りをすればこれからも良い結果を出すことが可能なのではと。

 


マックスバリュで実際に販売されている賢一さんの野菜*購入後撮影。極新鮮、極ウマ。

 

 

目標と夢

 

-今後の目標は何でしょうか。

 

短期と長期でそれぞれ考えてますね。

 

短期的には、各販売チャネル(*5)に合わせて生産体制を拡充したいということです。

親父が亡くなるまでは「夏はスイカ、冬は大根」をそれぞれ大量に作って市場に出荷する、という

少品種多量

のやり方だったんですね。

でも、親父が亡くなった後メインの働き手が母一人になると、同じようにはできないからまごころ市場のような直売所向けに生産体制をシフトしたんです。

直売所できちんと売り上げを確保するために、「色んな種類を少しずつ作る」という

多品種少量

というやり方に変えたんです。

今、農家にとって主な販売チャネルは

  • 農協(JA)
  • 青果市場
  • スーパー等との直接取引
  • 直売所
  • 農場での直接販売
  • ネット販売

なんかがありますけど、今は直売所とスーパーとの直接取引がメインになっていて、特にスーパーからの引き合いが増えているけどそれに対応できていない、という課題があります。

よって、今の多品種を維持しつつそれらの生産量を増加させる、というのが1つです。

当然今の畑を拡大して人や物へ投資する必要がありますから、損益分岐を計算しながら時機に対応できるように準備をしているところです。

また、自分の「看板」になるようないくつかの商品については大量に生産をして、大きいロットの注文にも対応できるような体制を作る、ということも考えています。

「多品種少量」と「少品種多量」を2つの柱とすることでリスク分散もできますし、収益の安定化も計れます。

この辺の考え方もサラリーマン時代に培ったものかなと思います。

*5:販売チャネル

商品やサービスを消費者に販売する場所を表すマーケティング用語

 


日々目標を忘れないことが、充実した日常につながる

 

 

 

長期は、これは夢というか妄想レベルになってしまうのかもしれないけど、田中山地区にも耕作放棄地が増えてきているんです。

昔畑だったところがどんどん荒地になっちゃってるんですね。


画面奥に見える山、は昔畑だったそう。

同上。これだけの面積が山になってしまう、というのを見るのはどんな思いだろう。

 

 

故郷が少しずつ朽ちて行く、それを見るのはとても辛いんですよ。でも、このままだと耕作放棄地はどんどん増えて行くのは間違いないんです。

 

だから、将来的には自分がそういう放棄地を活用する受け皿になれる様な農家になりたい、という想いがありますね。

耕作地を広げれば人を雇用する必要が出てきて、必然的に地域での雇用の創出にもつながりますから。

 

そして同時に農業の「見える化」を進めて、「自分がいなくても回る」体制を作りたいです。

ちゃんと外から見える形でノウハウを残せれば、将来誰かに継承することも可能だろうし。写真や動画、数字や栽培技術なんかをきちんと残したいですね。

ここまでやれれば、田中山の耕作放棄地は減少して、かつ自分がいなくなったらまた放棄地に戻りました、ではなくその後も持続的に農業が残って行くでしょうから。

 

田中山、はその名の通り「山」だ。「耕地を広げる」と平野部と比較すると様々なコストがかかる。畑の間の高低差が大きいので、移動もコストがかかれば気温や湿度が違ってきて、同じように作っても出来上がりが変わってくる。山の中にあるので当然耕作地の周りは崖、坂、当然耕作地を100%利用できる訳ではないので余剰が出る。その分耕作面積が狭くなる。つまり、「山で耕作地を広げること」は「収穫量の増加する」と同時に「目に見える/見えない部分のコストも増加する」ことになる。この点を加味すると、僕個人の感想として、山にある耕作放棄地を拡大する、というのは多分に社会奉仕的意味合いが強いのではないかなと強く思う。

 

未来への想いと、農家としての喜び

 

昔勤めていた頃、20年前くらいかな、アメリカに2回くらい視察に行ってさ、スーパーで「カット野菜」が大量に陳列されている所を見たんだよ。すごくびっくりしたんです。こんなの、日本だったら売れるんだろうかって。

でも、今では主流ですよね。こういう野菜に対する「消費者の考え方の変化」というのは今後も当然起こりうると思っています。

 

それに、やっぱり20年前なんかようやく携帯電話が出たくらいなので今ではスマホで何でもできるし、大規模な植物工場だって出てきました。

そういう「ハード面での技術革新」だって当然今後も起こることが予測されます。

 

もしかしたら将来は

「え、個人で農業なんてやってたの?」

ということになるかもしれないです。

 

これからどんな変化が起こるかは分からないけど、必ず変化は起こる、その時に対処できるように自分でもビジョンを持って農業をやるように心がけています。

 

 

-日々の仕事で気をつけていることというのはありますか

 

「普通の物を普通に作る」

 

ということですかね。

それには毎日畑と作物の様子を確認して、必要に応じて水や肥料をやる、除草する、消毒する、などをやるんです。これをひたすら積み重ねる、単純かもしれないけど一番大事なことなんです。

 

 

毎日、雨の日も風の日もやるべきことをやる。寒くなれば野菜にビニールのトンネルをかけてやり、雨が降らなければ水をやる。野菜も生き物なので、毎日の様子をうかがって何か問題があれば対処してやらないといけない。これを愚直にやり続けることを大事にしているとのこと。僕には、できない。

 


畑を起こす。これも日々の積み重ねの1つだ。

 

 

-農家さんをやっていて良かったと思う時はどんなときですか

 

自分の作った物が「出荷できるタイミングを迎えたとき」ですね。

農家にとってはさ、「出荷」っていうのがスタートラインなんですよ。

出荷が、自分の作品ができて世にお披露目する、っていうタイミング。そこから先の評価は人それぞれだから、もちろん買っていただいて美味しいって言っていただければ何よりも嬉しいけど、まずはスタートラインに立たないと始まらないじゃないですか。

だから、僕にとっては「出荷のタイミング」が一番嬉しいですね。

 

 

-学生時代から農業に興味を持った理由、というのもそこにあるんでしょうか。

 

そうかもしれないね。安定収入だけを考えたら他の仕事っていう選択肢も当然ありますから。

自分の意思で作った物を世に出せる、そこが農業に魅力を感じた原点なのかもしれないね。

 

 

 

編集後記

農家に携わる人が、減っている。それは、儲からないからだ。

あまりにも使い古された言説で、僕もすっかりそのように理解していた。

が、一方で賢一さんのように家族を支える立場で農家になる人もいる。じゃあ、なぜ賢一さんは「農家」になったのだろう。これが賢一さんにインタビューをお願いしたきっかけだった。

賢一さんの周りの三島や函南の若手農家には「稼ぐ」農家がたくさんおり、それが賢一さんのお手本にもなっていると言う。

彼らは、「良い物を作るまでが農家の仕事」という価値観から脱却し、「良い物を欲しい人や取引先に届ける」という視点にも力を入れている。

大手のスーパーも、直売所も、青果市場も、その全てが「新鮮な地場の野菜」を欲しがっている。稼ぐ農家さんはそれらへの届け方を人任せにせず、自ら考え、行動し、試行錯誤を繰り返して安定した収益の確保を実現している。

賢一さんは言う。

 

「消費者のニーズを捕らえる、または掘り起こす。そしてニーズを踏まえた商品開発を行う。同時に販売/流通戦略を構築する。その結果が出たら検証して、次の生産、販売戦略に反映させる。これを実直にやり続ければ、農業で稼ぐことは可能だと思う。」

 

賢一さんが卸しているマックスリューでパプリカ、にんじん、里芋を買ってみた。

 

 

 

 

パプリカとにんじんはサラダで。里芋は煮っ転がしてみた。

 

 

にんじんはまるでスウィーツみたいに甘かった。

パプリカは、きっと今まで食べてきたパプリカはパプリカじゃなかったんだ、と本気で思った。

里芋は味が濃くてネットリしてて2歳のムスメも「ごちそうさま」した後でも一人皿を抱えて食べていた。

 

全然違う。そして、これを買った人は絶対にまた買いたいと思うだろう。

 

「普通の物を普通に作って、考えて売る」

 

結果、僕たちはいつものスーパーで、尋常じゃなく美味しいお野菜をいただける。

 

なるほど、これが一般的になったなら、僕たちの食は、人生は、もっともっとステキになる。

 

賢一さんは、僕たちの人生をステキに、自分の故郷をステキに、そして「農家」をステキにしようとしている、熱い想いを持った人だったのだ。

彼から、目が離せない。

 

賢一さんのお野菜が買えるトコロ

【森賢一さん名義】

  • まごころ市場
  • マックスリュ函南間宮店
  • マックスバリュ函南大土肥店

 

【森ちよ子さん(お母さん)名義】

  • マックスバリュ函南店
  • マックスバリュ韮山店
  • マックスバリュ大仁店

 

賢一さんの基本データ

耕作面積:

  • 畑2ha(借用地含む)
  • ハウス30a

作付け農産物:

トマト、ブロッコリー、大根(沢庵大根含む)、スイカ、メロンなど年間100種類超

 

 

コメントを残す